彼女が思う昭和アニメの色彩と音楽の色気

彼女は、時々思い出す。
昭和アニメというか、セル画のアニメの豊かさのこと…

それほどアニメ好きでもなくても
TVアニメが今より豊かだったのは、平成より昭和なのかもと思い出しては、懐かしむのよね。

ここでは、個人の偏見と感想で昭和の好きなアニメのことを書いてみるわ。

彼女の好きなアニメ

彼女の好きなアニメのジャンルは幅広い。

「ルパン三世」「妖怪人間ベム」「ガンダム1st」「太陽の牙ダグラム」

もう世代バレバレですけど、あのアナログならではの重厚感や、キャラクターの生き様にこだわる作品たち、あと「紅の豚」もね。

いわゆる女の子が好む感じではないかな。

他にはギャグアニメが好きで「はじめ人間ギャートルズ」から
「パタリロ」「Dr.スランプアラレちゃん」「ハイスクール奇面組」「うる星やつら」など…

「はじめ人間ギャートルズ」は、原画展に行ったくらい好き。

あとは、絵的に「リボンの騎士」「ベルサイユのばら」あたりの感じも魅力的だと思ってたわ。
あんな衣装が着たいという感じでね。

2次元ならではの輪郭と影

アニメの詳しい技術は、わからないけど、セル画の手書き感から生まれるアニメこそ2次元らしさだと思ってしまうわね。

子供の頃、あの独特なお顔の輪郭が不思議でしょうがなかった。
だって、現実にあり得ないと思うのよ。
正面なのに、斜め45度から見たような輪郭しているとこととかね。

ギャグ漫画ならまだしも、目の大きさやヘアスタイルも平面的なのか立体的なのかわからない感じがなんとも言えず、引き込まれる要素のひとつなのかもしれないわね。

そして、陰影も手書きの輪郭に沿っているのか沿っていないのかわからないパキッとした色で見せてるところも視覚的に面白く感じるのよ。

3DCGのように滑らかな丸みやリアルな立体感がないからこそ、日常離れしていて良かった部分があるかもね。

デジタルアニメでは使わない色彩と色数の少なさ

セル画の頃は、色味調合も手作業よね。
デジタルより色数が少ないぶん、わかりやすく、はっきりしていて、子供の目には印象として残りやすい感じ。

計算で出していない職人のセンスが光っているのも色合いから出てくるのかもしれないね。

「色の深み」と「奥深さ」については、昭和のセル画時代の方が圧倒的に豊かだった感じに思えるわ。

ベルサイユのばらの劇画的演出

キラキラした「ベルサイユのばら」は、アニメの枠を超えた一枚絵として成立するクオリティ。

あの情熱的な赤や孤独を感じさせる青の使い方は、今の計算されたライティングとは別次元の情感を表していたわね。

リボンの騎士のクラシックな華やかさ

ディズニー的な色使いにミュージカルのような煌びやかさは、今のパステルカラーやネオンカラーとは違っているのよ。

原色なのに、どこか品格のある色使い方は、まさに「奥深さ」よね。

セル画のアニメが、光と陰のうち影とを大切にしていたような気がするけど、デジタルに移行し出したあるときから、光というより、艶で見せるようになった気がしていたわ。

彼女は、その頃からアニメを見なくなっていった...完全に好みの問題かもしれないけどね。

子供向けではないお洒落な主題歌

もうひとつ、忘れられないのは、昭和アニメの主題歌ね。
音楽もアナログ時代は、生演奏をそのまま録音してた部分も多かったんじゃないかな。

ルパン三世のあの渋い音楽性

オープニングの大人なコーラスと渋い歌詞。

エンディングテーマの「足〜もとに〜からみ〜つく〜♪」って子供にわかるとも思えないわ。
でも子供心に、哀愁とか感じられちゃうのよね。

お洒落だし、カッコ良さも相まって大人になってもずっと好きだわ。

妖怪人間ベムのジャズ

妖怪人間ベムのジャジーな感じは、絶対子供向けじゃないと思うの。

あのイントロだけで、ホラーを想像させる怖さは、異様でありながらも、お洒落だから不思議よね。

妖怪人間ベムが、夕方に再放送していて薄暗い感じが余計に怖かったわ。

リボンの騎士の優雅なワルツ

リボンの騎士もオーケストラが素敵すぎるのよ。

華やかでキラキラしていて、子供が口ずさむには難しすぎるメロディ。
いや、本当に歌えなくてもどかしかった記憶があるわ。

子供向けだからこそ、聞いた音楽から本物の感性も養われる。
リアル感から無意識に、その世界に引き込まれるんだわね、きっと…

そうそう「北斗の拳」も歌声にプロフェッショナルすぎると言いたくなる鋭さがあるでしょう。

あの全く媚びない本物の歌声を子供向けアニメに使う斬新さは、今ではあまり見られなくなったわ。

誰も傷つけない昭和ギャグアニメ

作者から溢れ出す、独特な世界観をコミカルに表現しているのは、やっぱり昭和のギャグアニメ。

はじめ人間ギャートルズ

ストーリーがあったかなんで覚えていないけれど、頭を空っぽにしたいときには、最高だったあの美味しそうなマンモスの肉。

あれは「お話」を説明するための絵ではなく「その世界がそこに存在する」ことを証明するための絵だったのかも…

猿酒もよくわからないけど、芳醇そうな感じがしていたよね。
子供にお酒の描写をしていることに、疑問を持っていたことも覚えてるわ。

パタリロ

玉ねぎ部隊が何やら、バンコランとの関係とかもう、子供にはわからないことだらけです。

でも「パタリロ」のクックロビン音頭をマンションの廊下で、端から端まで踊っていたのは幼い、彼女本人でした。

もちろん、実写版映画も見に行きましたよ。

非現実すぎて、日常に入ってこない会話の連続だと、誰も傷つかずに済むのよね。絶対言わないセリフの中での学びもあるし。

なにげに、そういうストーリーは、子供の感性をいい意味で刺激していて、社会性へとつながったりもする気がする。

時代を映し出している感慨深さ

アニメも音楽も、本当に時代が反映されていると思う。

特に長い歴史の中で昭和時代は特殊なんだろうなと、だから作り手の思いと社会の結びつきに豊かなセンスが乗っかってできた作品という感じ。

「アニメーション」という表現そのものに魂が宿っている。

もっと言い換えれば、作者と作り手の生き様が、作品となって表現されているとも言えるんじゃないかな。

共感性が重視される今の時代とは、ちょっと違っているけど不自由な自由さからくる豊かさが、夢や憧れとなって引き込まれていくことには変わらない。

「子供向けだからこの程度でいい」ではなく「子供向けだからこそ、最高に尖った一流の音楽をぶつける」という当時のクリエイターたちの気概。

それこそが、ルパンやベムを時代を超えたマスターピースにしている理由なんでしょうね。

あの「大人の遊び心」が詰まった楽曲を浴びて育ってしまうと、今の計算されすぎたエンターテインメントが物足りなく感じるのは、仕方ないのかもね。